稼ぐ人に重い国、使う人に重い国 — 9都市の税の設計を比べる
海外移住の記事を読んでいると「ハンガリーは所得税15%のフラットタックス」といった数字によく出会う。日本の最高45.95%と並べれば、たしかに劇的な差に見える。
ただし同じ国の付加価値税は27%で、日本の消費税10%の2.7倍にあたる。所得税が最も軽い国は、消費税が最も重い国でもあった。
この記事では、ジェトロが同一基準で調べた9都市の税率を並べて、それぞれの国が「どこから取る設計になっているか」を見る。結論を先に言うと、日本と中東欧はほぼ正反対の設計をしていて、そのどちらが有利かは、移住後に働くかどうかで完全にひっくり返る。
1. 9都市の税率を並べる
SOURCE — ジェトロ 2025年度 投資関連コスト比較調査
ジェトロは毎年、世界の主要都市の投資関連コストを同一の様式で調査している。2025年度は欧州で17都市、東アジアで日本7都市を含む19都市が対象になったJETRO 2025。税率の欄だけを抜き出して並べたのが下の表になる。
| 都市 | 個人所得税 (最高税率) | 付加価値税 (標準税率) | 法人税 |
|---|---|---|---|
| ブダペスト | 15% | 27% | 9% |
| ソフィア | 10% | 20% | 10% |
| プラハ | 23% | 21% | 21% |
| ブラチスラバ | 25% | 23% | 24% |
| ワルシャワ | 32% | 23% | 19% |
| 上海 | 3〜45% | 13 / 9 / 6% | 25% |
| ソウル | 45% | 10% | 9〜24% |
| 東京・名古屋・大阪 | 45.95% | 10% | 23.2% |
ハンガリーとブルガリアは所得税が一桁台から15%まで、その代わり付加価値税が20〜27%。日本と韓国は所得税が45%台で、付加価値税は10%。ちょうど逆になっている。
2. 一本の数字にまとめる
ANALYSIS — 所得税最高税率 − 付加価値税率
この関係は、引き算ひとつで見えるようになる。所得税の最高税率から付加価値税の標準税率を引くと、その国が稼ぐ側と使う側のどちらに重心を置いているかが数字で出る。
※税の負担全体を測る指標ではなく、制度の重心を示す粗い要約値。
日本とハンガリーが、そのまま両端に並んだ。日本が+36.0、ブダペストが−12.0。48ポイントの開きがある。プラハとブラチスラバはほぼゼロで、所得と消費のどちらにも偏らない設計になっている。
3. 社会保険料を足すと、差はもう少し縮む
SOURCE — ジェトロ 2025年度 投資関連コスト比較調査
所得側の負担は税だけではない。給与から天引きされる社会保険料も、手取りを決める要素として同じくらい大きい。
| 被雇用者負担 | 雇用者負担 | |
|---|---|---|
| 名古屋 | 12.22〜15.61% | 13.18〜25.22% |
| ブダペスト | 18.5% | 13.0% |
ハンガリーは所得税が15%と軽い一方、被雇用者の社会保険負担は18.5%と日本より重いJETRO 2025。所得税と合わせると33.5%になり、「所得税15%」という見出しの印象よりは負担が大きい。
それでも日本の所得税最高税率45.95%(これに住民税が別途かかる)と比べれば、高所得層にとっての差は依然として大きい。ハンガリーはフラットタックスなので、稼げば稼ぐほど有利になる構造である点も日本と決定的に違う。
4. で、自分にはどちらが有利なのか
ASSESSMENT — 生活パターン別の整理
ここが本題になる。所得税と消費税のどちらが効くかは、移住後の暮らし方でまったく変わる。
所得税の低さが効く。ただし全額ではない
現地企業に雇われて給与を受け取り、その国で生活する場合。所得側はフラット15%+社会保険18.5%で、日本の累進課税+住民税と比べると、中〜高所得帯では明確に軽くなる。
ただし受け取った給与を現地で使う以上、支出の側で27%の付加価値税を払い続けることになる。所得税で浮いた分が、消費で戻っていく形。
高所得ほど有利。低所得ほど恩恵は薄い
いちばん複雑で、いちばん専門家が要る
リモートワークや日本法人からの報酬で暮らす場合。どちらの国で課税されるかは、居住者判定と日本・ハンガリー間の租税条約の適用によって決まり、一概には言えない。
ジェトロの調査によれば、日本への利子・配当・ロイヤルティ送金にかかる税率はいずれも租税条約上10%が上限とされているJETRO 2025。ただしこれは企業の送金に関する項目であり、個人の所得区分にそのまま当てはまるものではない。
支出側では付加価値税27%が確実にかかる。所得側が日本課税のままなら、税の軽さという恩恵は受けられず、消費税の重さだけを引き受けることになる。
居住者判定が結論を左右する。要専門家
所得税15%は、ほぼ意味を持たない
移住を考える人のなかで、実は少なくない層がこれにあたる。退職後の移住や、資産所得中心の生活。
この場合、給与所得がないので所得税の税率は生活にほとんど影響しない。一方で支出は毎日発生するため、付加価値税27%はそのまま生活費に乗る。日本の消費税10%と比べて、同じ買い物で1.5倍以上の税を払う計算になる。
つまり「所得税15%の国」という宣伝文句は、この層にとっては無関係であるばかりか、税の観点だけを見れば日本に住み続けるほうが有利という結論すらありうる。
もちろん物価水準そのものが日本より安ければ、税率が高くても支出総額は下がる。ハンガリーの物価水準はEU平均を27%下回っており、実際そうなる可能性は高い。ただしそれは税制の話ではなく物価の話であり、混同すべきではない。
所得税の低さは効かない。消費税の高さだけが効く
5. 読み替えの原則
CONCLUSION
ここまでを一文にまとめると、こうなる。
移住情報でよく見る「所得税が安い国ランキング」は、現地で高い給与を稼ぐ人にとっては有用な情報だが、年金生活者にとってはほぼ無意味な情報になる。同じ数字が、読み手によって価値を変える。
そして日本は、9都市のなかで最も「働く人に厳しく、使う人に優しい」設計をしている国だった。これは移住先を選ぶときだけでなく、日本に住み続ける判断をするときにも効いてくる事実だと思う。
この記事のデータについて
筆者が公的統計を分析し、執筆しました。数値の取得と作図は自作のスクリプトによります。筆者は税務の専門家ではなく、本記事は制度の構造を比較したものであり、個別の税務判断を助言するものではありません。
| 各都市の税率 | ジェトロ「2025年度 投資関連コスト比較調査」(欧州編・東アジア編) |
| 社会保険負担率 | 同上(名古屋・ブダペストのみ調査対象) |
| 物価水準指数 | Eurostat(prc_ppp_ind_1) |
注意事項
- 個人所得税は最高税率のみを比較しています。実際の負担は課税所得帯・控除・扶養状況によって大きく変わります
- 日本の45.95%は所得税+復興特別所得税で、住民税は含みません
- 付加価値税は標準税率のみ。多くの国に軽減税率があり、食料品などの実効負担は表よりも低くなります
- FIG.1の指標は制度の重心を示す粗い要約値であり、税負担の総額を測るものではありません
- ハンガリーには25歳未満の所得税免除など、複数の特例があります。本記事では扱っていません
- 調査時期は欧州が2025年7〜10月、東アジアが2025年9〜10月です
- 居住者判定、租税条約の適用、国外転出時課税など、実際の移住では本記事で扱っていない論点が多数あります
本記事は公的統計に基づく情報提供であり、移住や税務上の判断を助言するものではありません。実際の検討にあたっては、税理士など専門家にご相談ください。